はじめに
2024年の誕生日を迎え、また一つ年を重ねました。
40歳も目前となると、年を重ねることが嬉しいことだけでもないですが、
やはり、家族や知人からいただく”誕生日おめでとう!”の言葉は本当に嬉しいです。
そして、当たり前でない日常に感謝する日でもあります。
本記事では、今年の誕生日を迎えたことで感じる所感3選をまとめます。
所感 ※誕生日に思うこと3選
誕生日を迎えての、所感は以下です。
一つずつ見ていきます。
自分が生まれた時の父と同じ年
気づけば、筆者が生まれた時の父の年齢と同じ年になりました。
物心がつくのは、さらに数年たってからなので、実際のこの年の父の印象は記憶にありません。
しかし、自分自身の生まれた年の父と同じ年齢になったというのは感慨深く感じます。
筆者には、現在、3歳と6歳の子供達がいます。
子供達が生まれた当初は、”父”になったという実感は皆無でしたが、
ここに至るまでの歳月の間に、子供達と一緒に成長してきたという感があります。
父もそのように感じていたのかどうかは、いずれ聞いてみたいところです。
なお、小学1年生の入学式当日の朝、大けがを負って、小学校の校庭で父に背負われ登校した際の記憶は今でも鮮明に覚えています。
毎日が、どこかでだれかの誕生日
世界中、日本中のどこかで毎日、だれかが誕生日を迎えています。
そして、それを祝う家族や友人の笑顔であふれています。
そのことを想像するだけで、すごく嬉しくなります。
ただ、それは”当たり前のことではない”ということを念頭において行動します。
6/23の沖縄慰霊の日や、現在進行形で起きている欧州や中東の紛争に思いを馳せると、
当たり前に誰しもが誕生日を迎えられるわけではないためです。
“当たり前”でない日常に
日々感謝です。
利害関係があるかや、匿名かどうかはさておき、
こうして、お祝いの言葉をもらえる嬉しさ・幸せは素直に噛みしめていきます。
そして、その嬉しさをまた別の人へ還元していきます。
”おめでとう”の言葉のもつ威力はすごいですね。
”四十不惑”にむけて、残り数年
”四十不惑”の40歳まで、あと数年に迫りました。
個人的に、小さい頃40歳という年齢は、迷いのない立派な大人というイメージがありましたが、実際に40歳を目前にすると、まだまだ未熟な年齢だと感じます。
ただ、40歳になったときに一つだけ決めていることがあります。
”日々、色々な選択肢・決断に迷いながらも行動する”
ということに迷わない
ということです。
言葉遊びのようで恐縮です。。
現在でも、継続できているもの、継続にむけ道半ばのもの、色々とありますが、
継続し続けることで、見えてくるものもあると感じます。
継続していく中での試行錯誤を経て、色々な学び・発見につなげていきます。
継続は力なり、ですね。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
本記事では、2024年の誕生日を迎え思うことをまとめました。
日本という恵まれた国に生まれ、当たり前のように平和を享受できることは、
決して当たり前でないということを忘れないようにします。
与えられた生命や幸運を十分に享受しつつ、
投資や寄付等で、社会に還元していければと思います。
最後までご覧いただきましてありがとうございました。
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